お彼岸について 第4話 /発菩提心と三昧耶戒について

仏教の教え

「白浄の信心をおこして」――発菩提心と三昧耶戒

お彼岸のお勤めで、私たちはさまざまなお経や真言をお唱えします。

その中で、真言宗のお彼岸を考えるうえで、私が特に大切にしたいものがあります。

それが、「発菩提心真言」と「三昧耶戒真言」です。

一心寺のお彼岸のお勤めでも、これらの真言をお唱えしています。

そのときに唱える言葉には、それぞれ次のようなものがあります。

「白浄の信心をおこして……」

そして、

「われらはみほとけの子なり……」

短い言葉ですが、ここには「彼岸へ向かう」ということの大切な意味が込められています。

発菩提心とは、仏さまの智慧を求め、悟りを目指して生きようとする心を起こすこと。

三昧耶戒とは、仏さまの子として生き、仏さまの教えを実践していこうという誓いです。

つまり、お彼岸は、ただ亡き人をご供養するためだけの七日間ではありません。

「自分自身もまた、仏さまの道を歩んでいく」

そのことを、あらためて心に刻む時間でもあるのです。


「白浄の信心をおこして」――発菩提心

まず、発菩提心(ほつぼだいしん)です。

「菩提」とは、仏さまの悟り、智慧のこと。

そして「発菩提心」とは、その悟りを求める心を起こすことです。

私たちは、毎日の生活の中で、いろいろなことに心を動かされます。

嬉しいことがあれば喜び、嫌なことがあれば腹を立て、思い通りにならなければ悩みます。

そうした私たちの心を、少しずつ仏さまの智慧の方向へ向けていく。

「自分も仏さまのような心を持って生きていきたい」

「智慧を求め、少しでも人のためになるように生きていきたい」

そのような心を起こすことが、発菩提心です。

だからこそ、私は「発菩提心」という言葉を、難しい仏教用語としてだけではなく、

「自分の心を、仏さまの方向へ向け直すこと」

と考えていただいてもよいと思っています。

お彼岸は、その心をもう一度起こすのにふさわしい時期なのです。


「われらはみほとけの子なり」――三昧耶戒

もう一つが、三昧耶戒(三摩耶戒)です。

お唱えする言葉の中に、

「われらはみほとけの子なり……」

という言葉があります。

この言葉には、とても大切な意味があります。

私たちは、仏さまから遠く離れた存在として生きているのではない。

「私たちもまた、仏さまの子である」

そのことを自覚し、仏さまの教えに従って生きていこうとするのです。

「戒」という言葉を聞くと、「してはいけないことを守る」というイメージを持つ方も多いでしょう。

しかし、三昧耶戒を考えるときには、それだけではありません。

仏さまの教えを受け取り、

「仏さまの子として生きていきます」

という誓いでもあるのです。


発菩提心と三昧耶戒

この二つを並べて考えてみると、よく分かります。

発菩提心は、

「仏さまの智慧を求めて生きよう」

という心を起こすこと。

そして三昧耶戒は、

「仏さまの子として、その教えを実践して生きよう」

という誓いです。

つまり、

心を起こすことと、その心を持って生きていくこと。

この二つは、別々のものではなく、深くつながっています。

お彼岸にご先祖さまへ手を合わせる。

そして同時に、自分自身もまた仏さまの方向へ向かって歩んでいく。

そこに、真言宗のお彼岸の大切な意味があるのだと思います。


お彼岸は「心の交通安全週間」

私は、お彼岸を「心の交通安全週間」のようなものだと考えることがあります。

交通安全週間だからといって、その一週間だけ安全運転をすればよいわけではありません。

普段から気をつけていても、節目のときに、

「事故の無いように交通安全を心掛けよう!」

「交通ルールを守ろう!」

と確認する。

お彼岸も、それに似ています。

七日間だけ特別な修行をするということではなく、普段の生活の中で、もう一度、自分の心の向いている方向を確かめる。

そして、

「もう少し仏さまの方向へ歩いてみよう」

と心を起こす。

それが、発菩提心なのです。

そして、その心を持って生きていこうとすることが、三昧耶戒につながります。


一心寺の秋のお彼岸のお勤め

一心寺では、秋のお彼岸のお勤めの際に、こうしたお経や真言をお唱えしています。

一心寺でお勤めに使用している「仏前勤行次第」

この中には、十善戒、発菩提心真言、三昧耶戒真言、五大願、般若心経、光明真言、観音経などが収められています。

お彼岸のお勤めで、私たちが実際にお唱えしている言葉です。

「白浄の信心をおこして……」

「われらはみほとけの子なり……」

こうした言葉を声に出してお唱えすることで、仏さまの教えを単に「知識として知る」のではなく、自分自身の心にもう一度確かめることができます。


今年のお彼岸に

お彼岸には、ご先祖さまに手を合わせる。

それはもちろん大切なことです。

けれども、その手を合わせる時間を、自分自身のためにも使ってみてください。

「私は今、どんな心で生きているだろう」

「これから、どんなふうに生きていきたいだろう」

そして、

「仏さまの智慧の方向へ、もう一歩歩いてみよう」

と心に思ってみる。

それだけでも、立派な彼岸への一歩なのだと思います。

「白浄の信心をおこして」。

「われらはみほとけの子なり」。

お彼岸にお唱えするこの言葉を、今年は少しだけ意識して聞いてみてください。

亡き人を思い、仏さまに手を合わせる。

そして、自分自身もまた、仏さまの子として、この人生を歩んでいく。

その両方を大切にするところに、私たちにとってのお彼岸があるのではないでしょうか。

合掌

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