真言宗一心寺 住職 法寿

仏教の教え

お彼岸について 第4話 /発菩提心と三昧耶戒について

お彼岸のお勤めでお唱えする「発菩提心真言」と「三昧耶戒真言」。「白浄の信心をおこして」「われらはみほとけの子なり」という言葉には、彼岸を亡き人の供養だけでなく、自分自身が仏さまの方向へ歩んでいくための時間として受け止める大切な意味があります。発菩提心と三昧耶戒を通して、真言宗における「彼岸へ向かう」ということを考えます。
仏教の教え

お彼岸について 第3話 (秋彼岸 お勤めのお経も少し掲載しています)

彼岸へ向かうとは、いったいどういうことなのでしょうか。その鍵となるのが「智慧」です。仏教の智慧は、出来事そのものを変える魔法ではなく、その出来事を見る私たちの眼差しを変えていくもの。そして真言密教の「即身成仏」は、新しい自分になるのではなく、本来具わっている仏の智慧に目覚めていく教えでもあります。お彼岸を、亡き人を思うだけでなく、「ここまで生きてきた自分の命」を大切に見つめる時間として考えてみます。
仏教の教え

お彼岸について 第2話

お彼岸の背景には、仏教だけでなく、古くからの太陽や季節、農耕、先祖への思いが重なっているのかもしれません。民俗学者・五来重先生の「日願」説にも触れながら、日本の宗教文化が異なる信仰を重ね合わせてきた歴史を考えます。さらに、日々のお仏壇で行う六種供養と六波羅蜜の関係、そして十善戒を通して、供養することと自分自身が仏道を実践することのつながりを見つめます。
仏教の教え

お彼岸について 第1話

なぜ日本では、春分・秋分を中心に「お彼岸」を過ごすのでしょうか。そこには、春秋の季節の節目、太陽の動き、そして西方極楽浄土への信仰が深く関わっています。『観無量寿経』に説かれる「日想観」や大阪・四天王寺の夕陽信仰などをたどりながら、日本人が夕陽の向こうに見てきた「彼岸」の世界を考えます。
お盆

お盆のお経には、どんな意味があるのでしょうか?(2026年 真言宗 一心寺でお唱えしているお盆のお経について)

お盆のお参りでは、般若心経だけでなく、帰敬文や発菩提心真言、百字の偈、諸真言、回向文など、さまざまなお経や真言をお唱えしています。これらは、真言宗のお盆に決められた唯一の形式ではありません。長年のお盆のお参りの中で、限られた時間でも真言密教の教えとご供養の心をお届けできるよう、私自身が考え、整えてきたものです。お盆のお経には、どのような意味があり、一つひとつがどのようにつながっているのでしょうか。一心寺でお唱えしているお盆のお経の流れと、その意味を分かりやすくご紹介します。
葬儀・法事

真言宗のお坊さんは、お葬式で何をしているのか。〜私がこのブログを書こうと思った理由〜

真言宗のお坊さんは、お葬式で何をしているのでしょうか。三十五年以上、数多くのお葬式をお勤めしてきた住職が、実体験を交えながら、このシリーズを書こうと思った理由をお話しします。「知らないことから生まれる誤解・不安」を、少しでも安心へと変えるために。
漫画・映画と仏教

【葬送のフリーレン】「必死に生きてきた人の行き着く先が、無であっていいはずがありません。」──ハイターの祈りと、仏教が見つめる死後の世界

『葬送のフリーレン』の僧侶ハイターが語った「必死に生きてきた人の行き着く先が、無であっていいはずがありません。」という言葉を通して、真言宗が見つめる死後観と、亡き人とのご縁について綴りました。
お盆

私という命は、何人のご先祖さまにつながっているのでしょうか〜阿字の子が 阿字のふるさと立ち出でて また立ち帰る 阿字のふるさと〜

私という命は、いったい何人のご先祖さまにつながっているのでしょうか。少し計算してみると、見えてくるのは数え切れないほどの命のつながりでした。お盆を機に、ご先祖さまへの感謝と、自分という命の尊さを改めて見つめ直してみませんか。
漫画・映画と仏教

【ONE PIECE】「人は忘れられた時に死ぬ」──ヒルルクの言葉と、供養がつないできたもの

『ONE PIECE』のヒルルクが語った「人は忘れられた時に死ぬ」という言葉。多くの人の心を動かしたこの名言を、一人の漫画ファンである僧侶として受け止め、供養や「安心(あんじん)」という仏教の視点から綴りました。
漫画・映画と仏教

「漫画と仏教のあいだ」「映画と仏教のあいだ」

※このシリーズは、作品への敬意を込めて、一人のファンである僧侶が感じたことを綴ったものです。作品の解釈は人それぞれであり、本記事はその一つの受け止め方としてお読みいただければ幸いです。